Weak Point 7



誰に語るでもなく、ゾロは庭先で
膨らんだ蕾を抱えた梅の木を眺めながら口を開いた。


「オレは海賊だから、欲しくなったら
 いつでも奪えばいいと思っていた。」

ゾロが持ってきた酒の瓶は
もう残りが少なくなっている。


「でも、あいつの周りには
 あいつの仲間がいて、その中で、自分の仕事をこなして・・・」

仕事をこなすという言い方は
きっと違うのだろう。

ゾロは思った。


パンクハザードで、子供たちを自分に任せてくれと
ナミに頭を下げたとウソップから聞いて、少なからず驚いた。

海賊に頭を下げる海軍なんて、聞いたことがねぇ。

海軍に入りこんでいたドフラミンゴの手先ヴェルゴを
一人挑んでいたと、サンジの話も聞いた。

まさに命懸けで、海軍に身をおいている。


そんな姿を、オレはただ見ているだけだった。


「なんだか、迂闊に触れちゃいけないものみてぇで・・・」



主人の反応はない。



そもそも、オレはなんであいつを・・・


元々追ってきたのはあいつだ。

別に捕まるような相手じゃねぇ。

自分の力量も顧みず、無謀としか言えねえ奴だった。

そのくせ、人のこと心配しやがって・・・


少しは強くなってるみたいだったがな。



ぐるぐるとめぐる想いは、まとまらないまま
数日前のたしぎの顔を引きずりだす。


オレを引き止めた震える手。

賊を追えと言ったのに、いやだと、首を振る。




オレのせいで、あいつの足を止めちゃいけねぇんだ。

たしぎの進む道を。


いつの間にか止めていた息を
ふうーっと大きく吐き出した。



「考えてもわかんねぇよ。」


寝ていたと思っていた主人に声をかけられて、
ゾロは、驚いて振り返った。


「なんだ、聞いてたのかよ。」


「いや、寝てた。」

ふっと笑いながら差し出された空の茶碗に
ゾロは黙って酒を注いだ。




自分の茶碗にも、残りの酒を注ぎ、一気に飲み干した。


「なぁ、おやじ・・・もし、自分のことはあきらめてくれと
 言われたら、その通りにしてたか?」


「あぁ?」

ゾロが視線で、奥にいる細君のことだと示す。



「そうだな・・・」

顎に手をやり、少し考える主人を
ゾロはじっと見守っていた。



「そん時になってみなきゃ、わかんねぇな。」

そう言って、子供のように笑ってみせた。



ガクッと拍子抜けしてしまったゾロに
主人の笑い声が届く。

「わははは!」


なんだよと、不満げな様子のゾロもつられて笑い出す。


「そりゃ、そうだよな。」


どうするかなんて、そん時になってみなきゃ、わかんねぇ。

我ことにおいて後悔せず

そんな言葉がふとゾロの頭に浮かんだ。



そうやって生きてきた。

そして、これからもだ。


ゾロは、霞がかった月を見上げ、柱に身体を預けると
静かに目を閉じた。



******



「たしぎさん、お風呂沸きましたよ。どうぞ、お入りなさい。」

細君が台所から顔を出した。

「遅くまでお邪魔してしまって、私、帰ります。」

慌てて立ち上がるたしぎに、細君は首を横に振る。


「あら、こんな遅くに、あなた一人を帰す訳にはいきません。
 主人に怒られてしまうわ。」

「私は大丈夫です。」

「それに、あなたの刀は、明日にならないと研ぎ終わらないわよ。」


あぁ、そうだった。

今日訪れたのは、時雨の手入れの為だと、たしぎは思い出した。

「いくら強くても、丸腰じゃ、危ないわよ。」

「でも・・・」

遠慮するたしぎに、浴衣を渡すと、細君は湯呑茶碗を片づけ始める。


「ここにお布団敷くから、さ、どいて、どいて。」


言われるままに、たしぎは風呂に浸かった。



********



「あなた、起きて下さい。」

聞きなれぬ言葉に、ゾロはドキッとして目を開けた。

縁側に細君がいて、主人の背中を揺らしている。


「ん?・・・あぁ・・・」

半分寝ぼけた声で、主人が返事をする。

「わりぃ、気づかなかった。おいっ、おやじ、
 こんなところで寝てると風邪ひくぞ!」

自分がそばにいながら、申し訳ないと思いながら、
ゾロは細君と一緒になって、主人を起こす。


「よっぽど、嬉しかったんですよ。この人。」

細君がゾロにほほ笑む。

「私の愚痴ばっかり、聞かされたでしょ。ふふ」


「いや。」

なんと答えていいかわからず、ゾロは小さく呟く。



「奥に布団敷いておきましたから、お風呂入って
 どうぞ休んでくださいね。」


「いや、オレは・・・」


「あら、このままあなたを帰したって言ったら、
 この人に何言われるか。」

「それに、あなたの刀、他の二本も、手入れしないとなって、
 この人張り切ってましたよ。」


細君に押し切られるように、ゾロは泊まることになった。

主人を部屋まで運ぶと、風呂に入った。


細君に渡された浴衣に袖を通し、さっぱりして、居間に戻ると
布団が二組敷かれていて、
その一方に、たしぎが眠っていた。



*******



しばらく、この状況を理解するのに時間がかかった。



ゾロは、頭を冷やすべく、縁側に出た。


もう月は高く、夜空も濃さを増していた。





春といっても、まだ夜は寒い。


時折吹く夜風にぶるっと身震いすると、
ゾロは、観念して居間に戻った。



*****



こいつは、この状況をなんとも思わないで 寝たのかよ。


見下ろすたしぎは、背を向けていて
ゾロからは顔が見えない。



無防備すぎる。

少し腹がたって、ゾロは隣の布団の上に
座ると、腕を組んだままじっとたしぎを見つめた。


手を伸ばせば届く距離。


あれこれ心配するくせに、
触れれば、困ったような顔をする。



困らせてみるか。





身動きしないまま、時間が過ぎた。


とんだ間抜けだな。


ゾロは、んがっと身体を伸ばすを
腕を頭の後ろに組んで、ごろんと横になった。


丁度、たしぎの背中のあたりに
ゾロの頭がある。

天井の梁が、桜の木だった。

綺麗な節を眺めながら、いつしかゾロも眠りに落ちていた。

 



<続> 




H26.3.27